年間行事


鯨ヶ丘ひととせ
-和暦の時が流れる街-
美しい四季に恵まれた日本には、
自然の恵みに感謝し、先人たちを敬い、
日々健やかに暮らせるようにとの願いが込められた行事や風習がたくさんあります。
折節出会う季節の行事や風習は、私たちの心を和ませ、
忘れかけていた大切なものを思い出させてくれます。

しかし、そこにどんな意味が込められているか、
知る人は少ないのではないのでしょうか。
たとえば、なぜ桜の花を愛でる宴会を開くのか…。
なぜ(旧暦の)八月十五日の満月だけが「仲秋の名月」と呼ばれるのか…。
その答えは、和暦(旧暦)の中に息づいているのです。


鯨ヶ丘の年間行事
※分かりやすくご紹介するために、期間等は新暦でご紹介します。
元朝参り
十二月三十一日深夜〜一月一日早朝
各町内の神社で氏子さん達が暖かい飲み物等をご用意しております。
鯨ヶ丘のひなまつり
三月頃
商店街の各店舗に昔から伝わるひな飾りを展示しています。各店舗や商工会女性部が湯茶等でおもてなしいたします。
鯨ヶ丘端牛の節句
五月頃
鯨ヶ丘端牛の節句
商店に昔から伝わる武者人形を展示し、商店街には鯉のぼりが泳ぎます。
鯨ヶ丘夜市
通年(現在は休止しています)
鯨ヶ丘夜市
毎月最終土曜日の夜、鯨ヶ丘ふれあい広場に鯨ヶ丘の飲食店、市内団体や有志一同が屋台を出店します。
太田のよまち
七月十四日頃(旧暦六月一日)〜八月十四日頃(旧暦七月二日)
「太田のだらだら祭り」とも呼ばれる「太田のよまち」が始まります。どこか懐かしい、しっとりとした小さな夜祭りを楽しんでください。
太田まつり
八月十四日・十五日頃
夜店も出店しますので、どうぞご家族でお出かけください。

睦月(初春)
「ムツビツキ」のなまりというのが広く支援されています。年の初めに互いに行き来してむつまじくすること。

立春…新暦 二月四日頃
まだまだ寒さが厳しいながらも、かすかに膨らむ草木の芽吹きや水辺の凍てゆるむ風情が春の気配を知らせてくれます。「立」には「〜に成る」という意味もあります。

雨水…新暦 二月十九日頃
厳しい寒さもゆるんで、これまでの雪が雨になることが多くなり、川の氷も解け始めて水になってきます。

  • 人日(じんじつ)の節句…一月七日
    「七草」のほうが分かりやすいでしょう。七種の若葉を入れた粥を食べて邪気を祓います。和暦だと七草も旬ですが、新暦だとスーパーに行かないと…。
如月(仲春)
春とはいえまだ寒い様子を表わして「衣さらに着る月」説と日ごと更に陽の気がやってくる「更に来る月」説があります。

啓蟄…新暦 三月六日頃
秋に巣ごもった虫が地上の暖かさを感じて目覚め始める頃です。

春分…新暦 三月二十一日頃
春のちょうど真ん中にあたります。昼と夜の長さが等しく成る日が春分の日です。「春の彼岸」として家族そろってご先祖様のお墓参りをするのがこの日です。
弥生(晩春)
「イヤオイ月」の変化といわれています。「イヤオイ」とは草木の花や葉がいよいよ生じることを指します。

清明…新暦 四月五日頃
万物が春の陽光を受けて新鮮で清らかな空気に満ちあふれていることを意味する「清浄明潔」を略したものといわれています。

穀雨…新暦 四月二十日頃
しとしとと細かい雨が降り続いたりするが、この雨が穀物を育てるという意味があります。

  • 花見の宴…山から田の神をお迎えし、ごちそうなどおもてなしをしてその年の豊作を願う行事です。
卯月(初夏)
卯木の花が咲く月というのが定説ですが、稲の苗を「植える」月だから、種まきした作物が芽を出す「生み」の月だからという説もあります。

立夏…新暦 五月五日頃〜二十日頃
夏のはじまり、これから真夏へ向かって少しずつ暑くなっていきます。

小満…新暦 五月二十一日頃
「暖かい日が多くなり草木が茂り始める頃」の意味といわれていますが、「気温も高くなり少し動くと汗ばむ頃」という意味があります。

  • 「茶摘み」という歌に「夏も近づく八十八夜〜」とありますが、「立夏」の四日程前が「立夏」から数えて八十八夜です。このことからも「茶摘み」の夏は「立夏」のことだと考えられます。
皐月(仲夏)
五月は梅雨のまっ只中。田植えの時期でもあり、この月を「早苗月」と呼んでいたのが略されて「サツキ」となったといわれています。

芒種…新暦 六月六日頃
「芒」は古くは麦のことを指します。「熟した麦を刈り取り、その後に稲を植える」こと指すといわれています。

夏至…新暦 六月二十一日頃
一年中で昼が一番長い頃で、夏の真ん中です。

  • 五月晴れ…梅雨の晴れ間のことをいいます。
  • 端牛の節句…田植えに先立って田の神に豊穣を祈る行事として女性(早乙女)が主役の行事でしたが、鎌倉時代に男子の行事に変ったといわれています。
水無月(晩夏)
「水の無い月」の解釈がある一方で「水張月」という説もあります。その他に「水悩月」(みずなやみつき)という説もあります。どちらにしてもこの「水」は田んぼの水を差していたと思われます。

小暑…新暦 七月七日頃
この頃からいよいよ暑くなってきます。

大暑…新暦 七月二十三日頃
夏の絶頂期で一年でもっとも暑い頃です。

  • 小暑の入りから十三〜四日目に年四回あるうちの夏の「土用」がやってきます。立秋の前日までが夏の土用で、その間にある「丑の日」(二回ある場合もあります)に鰻を食べることは夏の楽しみの一つですが、土用の丑の日と鰻を結びつけたのは平賀源内であるともいわれています。
文月(初秋)
七夕起源の七夕に詩歌の文を供えるところから「フミヒロゲツキ」という説が一般的ですが、稲穂の「フフミ(含み)ヅキ」という説もあります。

立秋…新暦 八月七日頃
暑い夏も終わり秋が始まります。といわれてもまだまだ残暑が厳しく、秋とは思えませんがときおり吹く涼風に秋の足音を感じる頃です。

処夏…新暦 八月二十三日頃
「処」には「止まる」の意味があります。この頃から特に朝夕には涼しさを感じ始めます。

  • 七夕(しちせき)の節句…古代中国の宮中で行われた「乞巧奠(きっこうでん)」という行事が、織姫、彦星の伝説とともに日本に伝わり、日本古来の機織りの祭事と結びつき「七夕」となったといわれています。
葉月(仲秋)
「稲の穂が張る月」「ホハリツキ」や「葉が落ちる月」「ハオチヅキ」などといわれています。


白露
…新暦 九月八日頃
日中の暑さはまだ少し残っていますが朝夕にはすっかり涼しくなり、草の葉先には可愛らしい露が結ぶようになります。

秋分…新暦 九月二十三日頃
秋の彼岸です。「秋分の日」には昼と夜の長さが等しく太陽は真東から昇り真西に没します。

  • 十五夜…新月から数えて十五日目。一般的には十五夜が「望月(満月)」と思われていますが、時に十六、十七日目の場合もあります。ちなみに「中秋の名月」は旧暦八月の「満月」のことをいいます。
長月(晩秋)
この頃から夜が少しずつ長くなってくることから「ヨナガツキ(夜長月)」の略というのが一般的です。

寒路…新暦 十月八日頃
「白露」の頃より朝夕は冷気が増してきて、草葉の露から涼しさよりは冷たさを感じ始める頃です。

霜降…新暦 十月二十三日頃
そろそろ霜が降り始める頃です。

  • 重陽(ちょうよう)の節句…九(奇数)は陽数とされ、それが重なる九月九日はとてもおめでたい日。又、この季節に咲く菊を愛で、菊酒を飲む節句です。
神無月(初冬)
この月は出雲の国で神々の集まりがあるため、出雲以外の国では神様が居なくなるので「カミナシヅキ(神無月)」といい、出雲地方では「神有月」というのは有名な説です。他に、祭りが無い月なので「神無月」という説もあります。

立冬…新暦 十一月七日頃
この頃、昼間はまだ暖かい日もありますが、これからは寒くなる一方でいよいよ冬に入ります。

子雪…新暦 十一月二十二日頃
今まで降っていた雨も、これからは雪に変わっていきます。

  • 小春日和…旧暦十月は冷たい北風が吹き始めます。かと思えば春のように暖かな日もあります。そんな日を「小春日和」といいます。
霜月(仲冬)
「シモフリヅキ(霜降月)」「シモミヅキ(霜見月)」といわれています。

大雪…新暦 十二月七日頃
いよいよ雪がたくさん降りはじめます。

冬至…新暦 十二月二十二日頃
冬の丁度真ん中で、一年で一番夜が長い日です。この日に、ユズ湯に入りカボチャを食べると風邪をひかないといわれています。

  • 七五三(新暦十一月十五日)…子供の健康と成長を祝う行事ですが、めでたいから祝うのではなく、祝うことで厄を祓う大切な行事です。
師走(晩冬)
「シハセ(師馳)」の意味。径をあげるために師(僧、法師)が東西を馳せる意味といわれています。

小春…新暦一月六日頃
冬至を過ぎていよいよ寒さも厳しくなってきます。

大寒…新暦一月二十日頃
一年をとおして最も寒い頃です。

  • 節分(雑節のひとつ)…節分とは季節の分かれ目のことで、立春の前日の「節分」は、冬の陰の気を追い出す迎春の行事です。

自然のリズムに調和している和暦(旧暦)の時間と空間は、
普段見過ごしてしまう風景や日日の暮らしを彩り、
私たちに、不思議な安心感や郷愁を与えてくれます。

鯨ヶ丘では、長い時間をかけて育まれ伝えられてきた季節の行事や風習を和暦で行うことで、
本来の意味や季節感が感じられる街づくりに取り組んでいます。

のんびりと鯨ヶ丘を散策してみてはいかがですか。
車窓からでは気づかなかった発見があるかもしれません。